紅白歌合戦の出場歌手一覧。意外な歴史、忘れちゃいけないあんな事こんな事、出場辞退や不祥事を乗り越えて、これからもパフォーマンスで話題提供…?
紅白歌合戦のルーツは1945年、なんと終戦の年です。この年の12月31日、NHKラジオで「紅白音楽試合」が放送されました。当初「合戦」という言葉にGHQが難色を示し、変更されたということです。「紅白音楽試合」が大好評だったため、放送から5年後、「紅白歌合戦」として生まれ変わり、1951年1月3日にNHK東京放送会館でラジオの生放送されました。大晦日の日ではなかったのです。この後、1952年1月3日、1953年1月2日と年初めに行わています。さて、1953年は特筆すべき年です。というのもこの年から12月31日、大晦日の日に放送が行われるようになったのです。そしてこの年の2月1日からNHKが本放送を開始したため、これまでラジオ放送だけだったのが、テレビ放送も同時に行われるようになりました。ちなみに1月2日にもテレビの実験放送が行われています。さて、何か気づきませんか?そうです。1953年は、なんと紅白歌合戦が2回もあったのです。2回開催されたのは、後にも先にもこの年だけです。このように1953年という年は、(1)1年に2回あった。(2)テレビ放送開始という、特別な年でした。もっとも2回あったといっても、間隔自体は、ほぼ1年なので、続けてあったわけではなく、1年に1回というイメージはかわりません。
過去、出場を辞退した歌手は数えきれません。その理由もさまざまですが、本人の意思によるものと不祥事によるものがあります。前者の場合は、オファー自体を本人が断るわけですが、例えば2006年第57回だと、吉田拓郎:「(紅白は)自分の中では、一つの通過点であり、振り返ることはせず、また、前に進んで行くことに集中したいという気持ちが強く、今回は辞退させていただきます」というものがあります。最近、えっつ、何で今更この人が出てくるんだ?というような歌手が出場している中で、かっこいい姿勢ではないでしょうか?不祥事は、枚挙にいとまがないですが、2007年第58回では、細川たかしが擬似通貨「円天」にかかわったとして自ら辞退しています。最近のトラブルで記憶にあたらしいのは、2006年第57回で、事前のリハーサルではなかった不意打ちパフォーマンスで、女性の胸がリアルに描かれた裸のボディースーツで踊ったDJOMAです。この件では、放送中から大騒ぎになり、NHK会長が謝罪する辞退にまで発展しました。以後NHKは、打ち合わせと著しく異なるパフォーマンスを行わないよう、歌番組に出演するアーティストに対し誓約書を書かせることになりました。
紅白の見所のひとつは、小林幸子と美川憲一の衣装バトル。毎回話題を振りまき、年々エスカレートしていましたが、2004年10月23日に発生した新潟県中越地震の影響を配慮し、派手な衣装を控え、出身地である新潟を舞台とした「雪椿」を熱唱しました。衣装対決とは言うものの、あれは大道具対決とも言うべきもので、壮大な無駄遣いに、いろいろと物議を醸していました。ところが、この着なかった衣装を、あろうことか翌年の歌謡ショーで披露してしまい、各所で、ひんしゅくを買っています。そのまま封印しておいた方がよかったのに。。派手な衣装は、2005年には早速復活していて、今日に至っています。2007年第58回では、過去28回の出演中最大の衣装を披露しています。そのサイズはなんと高さ8メートル、幅が15メートルというもので、万華鏡をイメージしたものだそうです。歌の途中で筒状のカーテンに覆われると、瞬間で衣装を替えて姿を現し、7メートル以上の高さにせり上がり、バックで万華鏡が回転します。アルミニウム、鉄鋼、ステンレスの骨組みで総重量は2トンもあるらしい。着ている衣装自体も、桜の花びらをイメージしたネイルチップを袖にちりばめ、30キロの重さがあったそうです。
【紅組の初出場歌手】
・青山テルマ
・秋元順子
・いきものがかり
・GIRL NEXT DOOR
・Perfume
・藤岡藤巻と大橋のぞみ
【白組の初出場歌手】
・キマグレン
・木山裕策
・ジェロ
・羞恥心withPabo
・東方神起
・Mr.Children
・水谷豊
| 第59回 NHK紅白歌合戦 出場歌手一覧 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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